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氷上回廊

野生動物管理の先頭を行く兵庫県

森林動物研究センターとはどのような施設ですか。

野生動物との共存とその管理を目指して、研究と対策指導をおこなっています。科学的な調査や分析をおこなう研究部と、実際に対策を指導・実行する業務部が連携し、研究の成果が政策に落とし込める体制になっています。現在、研究員は8名で、うち常勤が6名ですが、それぞれ専門分野が異なります。

どの研究者がどの動物を専門的に研究するという感じなのですか。

専門分野は、例えば生態や遺伝など手法・方法論ごとになっていますので、それぞれの専門分野ごとに対応していますので、対象となる動物が異なってくるという感じです。ですから、どの研究員も複数の動物について研究しています。

兵庫県は野生動物の研究や管理に積極的と聞きましたが。

私は20年前に北海道から兵庫県に来て、野生動物管理の仕組みづくりや、この施設の立ち上げなどに関わってきました。当初は北海道の方が進んでいましたが、研究と普及を連動させることを目標に取り組んできたため、他にはない野生動物管理の体制ができていました。設立から令和4年で16年目を迎えていますが、今でも他都道府県に類似の研究機関はなく、兵庫県が一番進んでいると言われるようになりました。

先生はどのような研究をしていますか。

私は野生動物の健康状態や繁殖など、動物の体を調べ、それを手がかりに野生動物がおかれている状況や生息環境を読み解き、管理へ応用させています。

猟師に学ぶ

先生はなぜ動物研究の道へ。

私は東京の出身ですが、子どもの頃から動物に興味はあり、当時は野生動物といえばアフリカという感じで、日本にはあまりいないと思い込んでいたんですね。ところが、高校生の頃に知床の原生林伐採問題のニュースを観て、日本にヒグマやシマフクロウという大型の動物がいることを知って衝撃を受けました。それから、北海道に憧れて北海道大学へ進学しました。大学では生態学の研究室に入りました。そのころ、北海道がはじめてエゾシカを調査を始めるというので、そのプロジェクトに参加しました。プロジェクトが終わってからも数名の学生と卒業研究のための調査を継続し、猟師さんについていって現場でいろいろと教えてもらいました。朝早くから猟に出て、捕獲されるとサンプリングを行うのですが、そのあとは、一緒に捌いてエゾシカ肉を朝からいただいていました。長期的に調査をしたのは女性陣3人で、捕獲された、という知らせを受けて、山から山へと移動しながら、エゾシカの体の中を調べつくす、ということを3年ほど続けました。

当時、野生動物管理という概念は浸透していましたか。

管理、という考え方が日本に入ってきたばかりで、教科書もなくて、うまくつかめなかったですし、学問ではないとまで言われていました。それから約30年が経過し、先日、共著で『実践野生動物管理学』という本を上梓したのですが、日本での教科書はこれがはじめてじゃないでしょうか。医者が診断しないと病気があることがわからないのと同じで、誰かが現場に入らないと何が問題なのかわからない。ですから私は兵庫県に来た時もまずは、何が起こっているのか現場に入って一から調べることから始めました。

動物は山と里を巧みに利用

山が荒れたから里に動物が出てくるとよく言われますが、そうなのですか。

全く逆で、山が豊かだから、動物たちが増えてきたのです。山が荒れていれば動物はこんなに増えません。確かに、人間が使わなくなって放置しているから、人間の目線では「荒れている」のかもしれませんし、人間が荒れさせた場所もありますが、かつて人間が使っていた木材や堆積物を今では、使わなくなった里山がほとんどです。そのため、森林環境が豊かだから動物が増えているんですね。かつては、野生動物そのものも絶滅寸前に追いやるぐらい捕獲していましたので、戦後山に動物がいなかったので、当然、里におりてくる動物もいなかったのです。

なぜ里に出てくるのでしょう。

里がさらに豊かだからです。防護していない農地があれば、動物たちは賢いので、山で苦労して低栄養なものを食べるより、里に出て高栄養な作物を食べることを学習しています。一方で人間は動物を見ても何もしない。夜に里に行けば人間はいないし、何もできない。そのことも動物たちは学んでいます。彼らは学習能力が高く、里と山を巧みに利用している。動物たちからするとちょこっと食べただけでも、人間からすると、甚大な被害になっているということが起こっているようです。実際にシカの胃の内容物を調べるとほとんど山のもので、農作物は動物からすればサプリメント程度なのです。

実は、一番厄介な動物は人間

食害対策に「特効薬」はありますか。

実は野生動物たちは警戒心が強いので、いつもと違う状況は、何でもイヤなんです。例えば、獣道に自動撮影カメラを置いただけでも大慌てで逃げていきます。でも、それが自分を襲ってこないと知ると、3日も経てば慣れてしまいます。そういう学習能力と警戒心の高さを知らないと、効果のない対応をしてしまうことがあります。シカやイノシシも、イヌと同じぐらい賢いと思った方が良いですね。被害対策は、防護と捕獲が二大柱です。第一に物理的に囲って侵入できないようにすることですが、野外では、風雪にさらされるため、必ず壊れます。そのため、柵を設置してからの対策が重要です。防護柵としては電気柵も有効です。生きるか死ぬかの刺激を与えて、恐怖心を植え付ける心理柵です。シカは普通に飛び越えることができる高さなのですが、新しいものがあったらまずは鼻で探索するので、そこで刺激を受けると、次にはポールを見ただけで後ずさりします。製品となっている電気柵は8000ボルト以上の電圧ですが、通電は1/4,000秒なので、瞬間的な刺激だけですから、安全な仕様になっています。必ず製品になっているものを利用してください。デメリットは、雑草が伸びてきて漏電してしまうので管理にが大変なところがありますが、効果的に設置すると動物たちは寄り付かなくなります。

個人だけの対策では限界がありそうですね。

当センターでも市町と連携して、集落ぐるみの対策を支援しています。人間が一致団結するのが難しいのが現実です。獣害対策でやるべきことは決まっているのに、それを実行するために地域住民みんなで協力する体制を構築するのが最もハードルが高いステップです。私たち研究員はいろいろな動物を研究しているのですけれど、人間団結することがが一番難しいですね(笑)。

府県境を越えた連携が進行中

でも、人間が団結すれば効果はあるのですね。

例えば丹波篠山市のある地区では、10数名のメンバーによるアライグマ対策が効果をあげています。隊長が一致団結できるメンバーを募ったことが成功の秘訣ですね。

地域間の団結も大切になってくるでしょうね。

動物に県界はないですからね。兵庫県と京都府の広域間で大丹波連携のニホンザル対策をしていますが、兵庫で追い払いをしたら京都側に群れが行ってしまう、ということが起こっています。でもどちらに行っても、情報を共有しながら連携して対策を行うという取り組みを進めています。また、ツキノワグマ管理は、兵庫県、鳥取県、岡山県、京都府の4府県共同で捕獲記録を共同のデータベースで管理をするようになり、殺処分されたものも含めてですが3千頭以上の個体が登録されています。自然の山が養えて人と共存できる適正な水準を目指していく目途が、ようやく立ったという感じです。

クマは個体のデータで管理

ツキノワグマはかつて絶滅の危機にあったそうですが、獣害が起きるまで増えてきていますね。

現在は増える勢いを止められているという感じです。たくさんのデータを取ることによって、クマならば兵庫県では現在の600~800頭が管理可能な生息数ではないかと考えています。前述のように4府県連携もありデータが蓄積されてきて、現在はそこから増えすぎず、減りすぎない基準を定めて管理していく予定です。

個体のデータはどのようにして把握しているのですか。

兵庫県では一度捕まったものはすべて個体登録をしていますが、その際に個体識別のためのマイクロチップを入れています。最近は若い個体の捕獲が増えていますが、それはクマが生まれているということです。また、殺処分されたクマを解剖し、妊娠状態を確認しています。個体数のデータ以外にも、このような結果を照らし合わせながら、複数のデータで裏付けをとっています。なお、集落に出没した個体を放獣する場合には「学習放獣」といって、クマに嫌がらせをしてから放すようにしています。

クマに「人間は怖い」と思わせるのですね。効果はあるのですか。

若い個体ですと二度と里へ出てこなくなります。しかし、高齢のクマは里への執着度が強いので、効果は限定的です。これもやってみてわかったことですが、賢いのですね、どこに柿の木があるのかをわかっているのです。山にドングリがない年はそこにずっと出てきて、執着する。「自分の場所」と思ってしまって行動がエスカレートする。そうなると、かなり危険なクマになってしまっていて、共存が難しいので殺処分するしかないのです。

殺処分は、共存のために必要なことなのですね。

データに基づいて被害を抑えられる個体数がどの程度なのかを考えながら、駆除と保護のバランスを考えることが重要です。

クマの防除には柿の木の管理を

バランスを考えるために必要なことは何ですか。

何よりも、毎年データを取って解析することを繰り返すことですね。いまの兵庫県はデータに基づいた科学的な管理が進むとともに、ここ数年で人里の良さを学習してしまった高齢個体を駆除できたため、比較的被害が出ていないのではないかと思います。しかし、人間が被害防除を怠ると、またクマが学習してしまい人里への出没が増えてくるので注意が必要です。

どのような対策が必要なのでしょう。

クマは長く生きる動物で、高齢になるほど学習したことが蓄積していきます。特に柿は大好物なので、どこに行けば柿にありつけるのかを知っています。柿は、とても糖分を含んでいるので、クマにすれば柿を食べればドングリのように効率的にエネルギー源を確保できる訳です。ですから柿の木の管理は重要です。

丹波ではハクビシンが急増中

兵庫県ではクマ以外の動物も個体管理や対策は進んでいるのでしょうか。

シカやイノシシは対策が進んでいます。イノシシでは岐阜県で発生した豚熱の拡大が全国的に問題になっていますが、兵庫県では生息密度を抑えていたので、まん延のスピードが遅いようです。現在個体数調査が行われていて、豚熱まん延の前と後のデータ比較により、より正確な影響がどうなのかわかってくるでしょう。

外来生物も問題になっていますが、丹波にはどのような動物が影響を与えているのでしょう。

アライグマとハクビシンですが、特にハクビシンが増えています。ハクビシンは、実は挙動がわかっていません。2000年代に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の宿主とされましたが、その流行の最中に神戸市北区で別の動物わなに誤って入りましたが当時、外来生物法がなかったため、錯誤捕獲した動物は放さないといけないという〝ルールに従って〟放獣されたのです。その後、但馬でも確認されたのですが、どういうルートでどう拡大していったのか不明です。ある時から一気に増え、いまは全県的に生息しています。

外来生物も個体数管理が必要なのでしょうか。

環境への影響を考えると、基本的に根絶を目指さないといけません。神戸市のアライグマ対策を例に挙げると、昨年は過去最高で約2千頭を捕獲、今年はその1.6倍くらいのスピードで捕獲していると聞きます。神戸市でも頑張って捕獲していますが、増加の勢いに追い付いていないのが現実です。できるかできないか別として、根絶すべき生物であるという認識のもとに、その目標に向け本気になって対策することが大切です。

丹波は山と里が近い豊かな地

先生の視点からは、丹波という地域はどのように映りますか。

丹波の方々は、地元の自然の良さをまだまだわかっていただいてなくて、「丹波は何もない」とおっしゃいます。こんなに恵まれているのに、気付かれていない。まさに水分れがそうで、豊かな自然を享受できる場所なのです。栄養は必ず上から下に流れます。丹波は山と里が繋がっています。山が豊かであれば、それだけ栄養が里にも流れてきます。唯一、栄養を上へ持って行けるのが動物で、そこで循環しています。いまは動物たちが里のものを搾取し、栄養を上に持ち上げていますが、多様性やバランスを失っている森林もありますので、これから地域全体で丹波の恵みの循環を考えていく必要があると思います。

日本一低い分水嶺は、動物にどのような影響を与えているのでしょうか。

当然、山と里を一番繋ぐ場所ですので、いろいろな動物たちと人間との境界も低いところになります。そういう意味では人間も含め、あらゆる生きものたちが簡単に行き来できる場所、豊かな場所であるということになるでしょう。ですから、山と里を繋げるべきところは繋げ、離すところは離すような野生動物対策が必要な場所なのではないでしょうか。

氷上回廊と動物の移動

動物の移動という視点ではいかがでしょう。

野生動物はもともと移動能力が高く巧みですが、それでも水分れは移動しやすい地点であることから、例えば外来生物のヌートリアは水分れを経て加古川水系と由良川水系行き来しやすかったでしょう。

クマにはどのような影響がありますか。

由良川~円山川に生息する近畿北部地域個体群のクマと、氷ノ山山系に生息する東中国地域個体群のクマでは遺伝的距離が離れていたことが分かっています。おそらく、河川まわりは人の生活圏なのでクマは、排除されてきた、つまり地勢的な影響と人間の活動の影響の両方があって、近畿北部地域個体群は東中国地域個体群よりも、むしろ島根や広島に生息する西中国地域個体群の方が遺伝的距離が近いという結果が得られています。兵庫県としては近畿北部地域個体群、東中国地域個体群とも守っていく方針ですが、いま分布が拡大していて、GPS首輪で追跡したデータを見ると、どちらの個体群も丹波に来ていました。遺伝的には隔離されていることを前提に対策をしていますが、みなさんここへいらっしゃる(笑)。減ったものが分布を再拡大する時に、水分れはホットスポットになるのではないでしょうか。

地域に、自然に、責任を持とう

遺伝的多様性を保つために、水分れは重要な役割を果たしているのですね。

だからこそ人間がしっかりと対策をしないといけないと思います。動物たちは能力が高いので、人間が動物を何とかしようとするのではなく、人間側の環境、里側の管理や防除をしっかりしていくことが重要です。例えば廃村になっても柿の木は元気で、そこに動物が集まって、たまたま訪ねた人が被害に遭う事例がありました。撤退するなら完全に撤退する。耕作を放棄するとしても、まわりで畑をやっているならせめて草刈りはする。中途半端な状況は良くないのです。

人間と野生動物の良好な関係性を築くために、重要なことは何ですか。

いま人間は、動物たちに「好かれて」しまっているんですね。人間は何もしない弱い生きもので、里は人の姿がほとんどないし、畑は夜になれば自由に動ける場所だと認識されてしまっています。ですから、人間側が動物たちに「嫌われる」ようになり、人間と会うと怖いし、里に出たところで美味しいものにありつけないというようになれば、彼らは山の中で暮らし続けるようになるのです。自然の恵みが豊かな丹波ではこういう地勢だからこそ、人間と野生動物の良い関係性を築き上げるためにも、里の管理と山の状況把握をしっかりしていくことが今後ますます重要になってくると思いますし、山のせいだ、温暖化のせいだ、行政のせいだなどと何かのせい、誰かのせいにするのではなく、住民が自分たちの問題として里にしっかりと責任も持つことも大切なのではないでしょうか。