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氷上回廊

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兵庫丹波オオムラサキの会

オオムラサキを守る
Protect Sasakia charonda

「オオムラサキ」は、エノキの木が豊かに茂る里山に生息する準絶滅危惧種の蝶です。

オオムラサキは1957年に日本昆虫学会において、国蝶に決定されました。
選定理由としては、沖縄を除く日本全国に生息しており、羽を広げると約10センチ以上になる大きさ、オスの羽の色が美しい紫色であること、空を飛ぶ姿の勇ましさなどから、アゲハチョウなど様々な候補も上がる中、長期にわたる議論の末、選ばれました。

しかし、全国で親しまれていたオオムラサキは、都市開発や里山の荒廃などにより、とうとう準絶滅危惧種にまで分布数を減らしてしまいます。

国のシンボルでもあるオオムラサキの復活を強く願い、2011年、同志の呼びかけにより、「兵庫丹波オオムラサキの会」が発足し、オオムラサキの飼育増殖や生息環境の整備などに取り組んでいます。

エノキしか食べないオオムラサキとは?

「オオムラサキ」は、国内では沖縄を除くほぼ日本全域に生息するタテハ蝶科の中で最大の大きさを誇る蝶です。
1年に1世代で、6月から8月ごろに羽化します。
羽を広げた大きさは、10センチ以上と大型で、オスは紫色メスは黒っぽい色の羽をしています。

産卵期は7月上旬から8月中旬で、約半月で卵から出てきます。その後、幼虫は7月中旬から11月下旬にかけて厳しい冬を越す準備を始めます。冬の間は絶食し、春になると固い殻を脱ぎ、羽化する準備を始めます。この時に食べるエノキの量は、生涯で食す量の3分の2を占めるため、豊富なエノキの葉が必要です。

このため、餌となるエノキの極小化に歯止めをかけ、再びオオムラサキが生息できる里山づくりと種の保護が急がれています。

地域をあげてオオムラサキを守っていく

2011年に、国蝶であるオオムラサキが準絶滅危惧種からの脱出を強く望む有志が集って設立した「兵庫丹波オオムラサキの会」の現会長を務める足立隆昭(あだちたかあき)さんに、会の設立のきっかけやその活動についてお伺いしました。
Q1
「兵庫丹波オオムラサキの会」の設立のきっかけは?

丹波の森公苑名誉公苑長である河合雅雄(かわいまさお)さんが、約20年前に、ここ丹波の森公苑をエノキやクヌギが多くある苑にしようと方向付けられたのがきっかけです。

当時、河合苑長にお会いすることがあり「山遊びのできる苑づくりを手伝ってくれないか」と持ちかけられました。
私はオオムラサキの飼育保護に取り組んでいたため、オオムラサキが餌として必要とするエノキの木が多いこの苑で、飼育保護活動に取り組むことを決意しました。

現在は107名の会員とともに、日々活動を行なっています。
Q2
これまでの活動について教えてください。

2007年から丹波の森公苑で、奈良県橿原(かしはら)市昆虫館の支援を受け、年間を通じてオオムラサキを見て触れる体験観察の飼育実験を私一人から始めました。
本格的に丹波産オオムラサキの増殖を始めたのは、2008年です。
2008年からは、子ども達がオオムラサキを通じて生きものや自然に親しんでくれることを目指し、要望のある小学校に簡易ネットゲージを作り、常時観察できる設備を提供したり、オオムラサキの飼育の指導や出前授業などを行なってきました。

その後2011年2月に兵庫丹波オオムラサキの会を設立しました。当時の会員数は96名。一人から始めたオオムラサキが舞う里山空間の実現に向けた活動が、この年に大きな一歩を踏み出しました。

また会の設立時からの一つの目標であった「国蝶オオムラサキ放蝶会」も実現し、放蝶会は2019年で10回目を迎えることができました。

近年では、市内22小学校中、17校で飼育、他に1高等学校、3企業、3団体でオオムラサキの飼育観察活動を行なっています。
この他に、オオムラサキの生息環境の整備としてエノキやクヌギの植樹、会員のモチベーション高揚を目的とした、外部との情報交換も行なっています。
学校活動
放蝶会
Q3
日々の活動について教えてください。

毎日の活動としては、個人個人で苑内のオオムラサキの飼育を行なっています。

多くの人数が必要となるのは、里山に入りエノキ・クヌギの分布をマップ化したり、把握したエノキの木にオオムラサキが生息していないかを見つけに行ったりしています。
全員がボランティアなので、それぞれのペースで毎日休みなくコツコツと取り組んでいます。

活動費は個人会費として1,000円を徴収し、各方面の助成金なども活用しながら運営しています。
Q4
「オオムラサキ」の未来について、考えをお聞かせください。

オオムラサキは国蝶にふさわしい勇ましさや華やかさ、気品のある蝶です。
この美しい蝶が準絶滅危惧種から脱出することは一朝一夕ではいきません。
子ども達にオオムラサキの飼育観察を啓蒙したのは、その好奇心と発信力に期待したからです。子どもは珍しいものを見ると、必ず親に話します。そうすると、聞いた親も興味を持ち、その波紋はやがて大きく外へと広がっていきます。

また飼育観察を希望する方には、まずクヌギの木を一本お渡しします。
それはなぜかというと、その方々の「本気度合い」を試させていただいているからです。木一本を枯らしてしまうようでは、とてもオオムラサキを育てることはできません。厳しいようですが、生命を預かるというのはそれだけ責任を背負う覚悟が必要だと考えています。


日々、細心の配慮をし育てる蝶は、一日一日に見せる些細な変化すら愛おしいほどです。そうして大切に育てた蝶が、放蝶会で力強い羽ばたきを見せてくれます。参加者とともに感動を分かち合えるこの日も、かけがえのない日です。
しかしながら、放蝶した中から厳しい環境を生き抜き、生き残れるのは100分の1以下です。

オオムラサキの増加を望む一方で、その生息地を広く発信できないという課題もあります。

それは、マニアの間で「オオムラサキの標本」が高値で取引されるため、目先の金銭に目がくらみ、せっかく生き延びてきた命を絶ってしまうことがあるからです。
これから活動していくにあたっても、そういった一面を加味しつつ、一人一人の善良な心を信じて取り組んでいこうと思っています。

また、後継者の育成も積極的に行い、ゴールは決めず続けられる限り、全力で仲間と力を合わせてオオムラサキが舞う里山の実現に向けて邁進していきたいと思います。