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氷上回廊

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氷上回廊

丹波の恵みを語る

丹波をテーマに関連のある方々へのインタビューやエッセイをご紹介。
丹波への思いや、かかわりについて語っていただきます。
色々な方々の目に映る様々な角度からの魅力をお楽しみ下さい。

多様性と寛容性 谷口進一

太古の昔から脈々と続く「自然」「物」「文化」の道

兵庫県丹波市は加古川、由良川の源流で、標高95.45mと本州一低い中央分水界を中心に南北に伸びる「氷上回廊」を介して日本海側と瀬戸内海側の気候風土が混在した豊かな自然環境に恵まれたまちです。その氷上回廊の独特な地形と生物の多様性は、学者であり文化庁長官を務めた河合隼雄氏から、国の天然記念物に指定する価値があるほどの、学術的に大変貴重な自然の財産であるとの言葉をいただきました。

太古の昔から動物は、この氷上回廊を通って南北を往来していました。

約2万5千年から3万年前の旧石器時代にナウマンゾウが氷上回廊を行き来し、人類が沼地へナウマンゾウを追い込んで仕留めたと考えられる石器が丹波市春日町の七日市遺跡(なぬかいち・いせき)で発見されています。

また、加古川と由良川の両流域を結ぶ線沿いの遺跡群からは、弥生時代中期の磨製石器や銅鐸などが出土していることから「石剣の道」と称されるほど、両流域の活発な文化交流があったことがわかっています。

本州で最も低いという分水界は、地元では「水分れ(みわかれ)」と呼ばれ、その地理的条件を生かして、近世初期の文禄年間に始まったといわれる加古川の舟運は、地域経済の発展に大きな役割を果たしました。

丹波市氷上町本郷には、舟座が開かれて但馬や丹後からの物資の集積地となり、高瀬舟によってさまざまな物が運ばれるなど、氷上回廊をはさんで加古川流域と由良川流域をつなぐ「物の道」になったのです。

しかし、明治から大正時代にかけて相次いだ鉄道の開通によって物流の動脈は、舟運から鉄道に変わりました。

ここでも氷上回廊ならではのエピソードが残っています。
明治政府は、当時関係が悪化していたロシアとの戦争に備えて、大阪と日本海に面する軍港のまち・舞鶴を結ぶ阪鶴(はんかく)鉄道(現在のJR福知山線)の開通を急ぐ必要がありました。

その際、普通は中央分水界を横断するには、高い山々の馬の背を貫く長いトンネルを掘る必要がありますが、氷上回廊を抜ける阪鶴鉄道は極めて短い工期で開通したということです。

このように中央分水界が通っているにも関わらず、人や物の行き来が容易であるというのが氷上回廊の特徴の一つです。氷上回廊は、太古の昔から脈々と続く「自然」「物」「文化」の道の役割を果たしてきたのでしょう。そういうことから自分でもとても面白いところに住んでいるなと感じています。

氷上回廊が持つ生き物の多様性と寛容性

「氷上回廊」のもう一つの大きな特徴は、生息する動植物の多様性です。

本来、日本海側の動植物と瀬戸内海側の動植物は、中央分水界となっている高い山々によって仕切られているものなのですが、氷上回廊は極めて低い中央分水界であるという地理的条件により、日本海側の動植物と瀬戸内海側の動植物が混在しているという特異な生態系をみることができます。
事実ここでは、日本海側の河川にのみに生息するといわれる淡水魚・ヤマメが瀬戸内海側に生息するアマゴ(ヤマメの近縁種)と混生しているのが見つかっています。

また、残念ながら絶滅してしまいましたが、「ミナミトミヨ」という希少な淡水魚も丹波市内で発見されています。

かつて氷上回廊の低地帯では、洪水の度に日本海側と瀬戸内海側の川の水が入り交じり相互に広がったとされています。多様性があるということは、いろいろなものを受け入れることができる寛容性ということにもつながります。多様性と寛容性、英語でいうと「Diversity(ダイバーシティ)」「Tolerance(トレランス)」になるのでしょうか。このようにさまざまな動植物を受け入れ、そして育んできた氷上回廊の懐の広さは、まさに無形の自然財産ともいえます。

また、豊かな自然の育みには独特の気候風土の存在が欠かせません。
日本海沿岸域は対馬海流が流れ込み、冬は北西からの季節風が吹いて多くの雪が降ります。
一方で瀬戸内海沿岸域は瀬戸内海式気候といわれる雨量の少ない温暖な気候が特徴です。
その南北の気候が出会い、豊かな雨と雪がもたらす適度な湿潤と、豊穣をもたらす肥沃な大地が広がる丹波市では、独自の農産物や食文化を育んできました。

特に秋から冬にかけて発生する「丹波霧」が象徴する昼夜の寒暖差は、美味しい作物が実るための絶好の条件となります。
ここ丹波市では、私たちが「丹波三宝」と呼ぶ「丹波栗」「丹波黒大豆」「丹波大納言小豆」の3つの特産品が生産されています。
現在ではこれらの食材は、その比類のない優れた品質と味から「丹波ブランド」と呼ばれて全国区となりました。
そういったオリジナリティ、独自性という観点から見れば「氷上回廊」も同じく「丹波ブランド」といっても過言ではないと思っています。
今後は「氷上回廊」も新たな丹波ブランドの一つとして積極的にPRしていきたいと考えています。

丹波に広がる豊かな里地里山

平成27年1月、丹波市青垣町遠阪地区が、環境省の「生物多様性保全上重要な里地里山」として全国500カ所の一つ「重要里地里山500選」に選定されました。
古くから人々は農林業などを通じて山々と共存し、強く暮らしと結びついてきました。
青垣町遠阪地区の里地里山も、山に関わる人々の適度な働きかけを通じて独自の環境が形成・維持されてきたものです。
そして里地里山特有の多くの生き物の中には稀少な種もあり、その生息・生育環境は一度失えば戻らないかけがえのないものです。

かつて兵庫県知事であった故 貝原俊民氏は、この丹波の地をとても愛されておられました。

そして1988年(昭和63年)、丹波地域を「丹波の森」と位置づけ、伝統文化などの地域の特性や資源を活かしながら、人と自然と文化、産業の調和した地域づくりを住民、事業者、行政が一体となって推進しようとする「丹波の森」構想を策定され、さまざまな取り組みを始められました。
その故 貝原俊民氏の「丹波の森」への思いを引き継ぎ、地域の方々の粘り強い里地里山保全への取り組みと努力には心からエールを送りたいと思います。

私も子どもの頃に川で魚を捕ったり、友達と山に登ってチャンバラごっこ、中学生・高校生の頃は地元の人たちと一緒に枝打ち作業をしたりと、里山にはいい思い出ばかりが残っています。今後も私たちは、これまで積極的な里山保全活動を行ってこられた地域の人々と手を取り合って、丹波の豊かな森や里地里山を次世代に伝えていきたいと考えています。

また、丹波市の面積の75%を森林が占めています。
そのほとんどが民有林ですが、所有者の森林への関心は低く、世代交代が進むにつれて、森林の荒廃が大きな問題となっています。
そこで丹波市では「木の駅プロジェクト」という市民参加型で森林整備を進める仕組みを構築し、木の駅プロジェクト実行委員会を立ち上げて活動を展開しています。
これは、山の木を伐採して集材、ストックヤード(一時保管所)に出荷すれば実行委員会が買い取ります。
こうして集まった木材は、薪ボイラーや薪ストーブの燃料として循環させます。
これにより森林所有者や参加者が山に入る機会を増やし、多くの人が森林との関わりを取り戻すきっかけになればと考えています。

そして、この活動で森林の多様な価値を見いだし、グリーンビジネスや地域全体での新たな資源の活用へと発展していくことを期待しています。

「氷上回廊」をキーワードの一つとする
丹波市のシティプロモーション

丹波市には、このたび紹介する氷上回廊や豊かな自然環境、丹波の森のほかに、恐竜化石発見から始まった丹波竜や歴史、伝統、農業、食など、可能性を秘めたさまざまな資源があります。
私の仕事は、それらの資源を発掘して磨き、そして発信することにあると考えています。

例えば中央分水界が通る丹波市氷上町石生には、水分れ公園と水分れ資料館があります。

水分れ公園は市民の憩いの場として親しまれており、また水分れ資料館は、本州で一番低い中央分水界を理解していただくための展示を行っています。
しかしながら近年、資料館の建物の老朽化や展示物の古さが目につくようになってきていました。

そこで私の公約の一つでもあった「水分れ資料館のリニューアル」を現在計画しています。
ここでは最新技術を駆使した展示方法を導入し、水分れの詳細や氷上回廊の生物多様性、丹波三宝を含む丹波市の農産物の紹介など、丹波市のさまざまな魅力に触れていただける施設にしたいと思っていて、2019年に着工、東京オリンピック開催の2020年のオープンを目指しています。

「教育(Education)」と「娯楽(Entertainment)」を合わせて「エデュテイメント(Edutainment)」という言葉がありますが、新しい水分れ資料館は誰もが楽しみながら学べる施設にしたいと思っています。

また、丹波市へ訪れていただいている観光客は年間約210万人を数えています。
私は先程紹介したさまざまな資源を発掘して磨き、仕掛けを施して発信することで、これを2020年には300万人に増やしたいと考えています。

定住人口も増やしたいと思っているのですが、これを一挙に増やすのは難しいので、まずは田舎である丹波市のことを都会に住む人々に知っていただきたい。
そのためにさまざまな機会を通じて交流を深めていく。交流人口でしたら賑わいの相乗効果ですぐに2倍にも3倍にもなります。これを突破口にして多くの人に丹波市へ訪れていただけるよう、さまざまな仕掛けを考えているところです。

近年、丹波市へはUターン・Iターンして移住される方が増えています。
私も最近知ったのですが、北近畿でもっとも移住者が多いのはここ丹波市だそうです。
「トカイナカ」という言葉がありますが、丹波市は京阪神からのアクセスもわずか1時間強、都会に極めて近い田舎で、週末は京都・大阪にも神戸にも行けるハイブリットな田舎暮らしができるのが人気の秘密のようです。
それと丹波市を観光で訪れた方や移住されてカフェやレストラン、お店のなどの商売を始められた方から話をお聞きしたのですが、田舎であるにもかかわらず地元に住まれておられる人たちは、外から来られた方にとても優しいそうです。実際にUターン・Iターンされた方が沢山おられる中で、地元の人たちの協力を得ながらお店や活動されている話をよく耳にします。ここでも「氷上回廊」の寛容性に通じるものがあるように感じます。

皆さんも今回紹介する「氷上回廊」をきっかけに、丹波市のことをもっと知っていただき、ぜひお越しいただけたらと切に願っております。

取材日:2017年11月1日

谷口進一(たにぐち しんいち)プロフィール

丹波市長
出身:丹波市柏原町
生年月日:昭和28年1月2日
丹波市長任期:平成28年12月5日~
昭和50年3月 神戸大学法学部卒
昭和50年4月 兵庫県入庁
平成 9年4月 商工部産業立地観光課長
平成20年4月 但馬県民局長
平成22年4月 農政環境部長
平成24年3月 兵庫県退職
平成24年4月 株式会社夢舞台・ウェスティンホテル淡路社長
平成27年4月 株式会社夢舞台代表取締役会長
平成28年3月 同社退職
平成28年12月5日 丹波市長

趣味:木彫・マンドリン・山歩き

好きな言葉:「石にも目がある」…肝心なところを叩かないと石も割れない
「段取り8分、仕事2分」…何事にも用意周到で臨みたい